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2020.03.09

東京に現存する最古の鋳鉄製門

  • Category culture

 

東京に現存する最古の鋳鉄製門 -学習院旧正門-

 

 学習院旧正門は、西早稲田駅近くにある。ちょうど、新宿区戸山地区と西早稲田地区とを分ける明治通り沿いである。戸山地区は、近代住宅史では必ず語られる戸山ハイツ(1946)や都営戸山ヶ原アパート(1949)が立地した場所でもある。この明治通り沿いに、ひときわ目立つ赤い門がある。赤い門といっても東京大学の赤門ではない。戸山地区の赤い門は学習院旧正門といい、明治10年に建てられた鋳鉄製の門である。

 

 元々は、神田錦町(現・千代田区神田錦町二・三丁目)に所在した明治10年創設の学習院の正門として建てられたものである。現在もこの場所には「学習院(華族学校)開校の地」という石柱が立つ。明治2年の版籍奉還後、公家や藩主は華族となる。学習院は、華族が設立した華族会館の経営による私立学校として誕生した。明治17年には宮内省の官立学校となるが、明治19年の火事で校舎は焼失し、明治21年に現在の港区虎ノ門に移転した。旧正門は、明治10~21年まで使用されたことになる。火災後に移転したため、一旦は学習院の所有ではなくなったが、卒業生らの熱心な働きかけで昭和5年には学習院大学目白キャンパス内に移築されたという。昭和25年に現在地の学習院女子大学・学習院女子中・高等科の正門として移され、昭和48年重要文化財に指定された。

 

 東京に現存するものとしては最古の鋳鉄製の門とされ、一見すると洋風デザインに見える。ところが良くみると、門柱の頂部には寺院の高欄や階段に用いられる擬宝珠、門柱の側板は古代から用いられてきた唐草文様の透かし彫り、露草の浮き彫りなど、和風のデザインが施されている。このため和洋折衷とされるが、門の形や材料が近世までの日本にはなかったので洋風に見えるのだろう。同時期、国内の公共施設に用いられたデザインは擬洋風建築と呼ばれる。教育を受けた建築家が育っていなかった時代、大工は横浜の居留地などを見学し、和風意匠を用いて洋風建築を模倣した。これを擬洋風建築というが、これと共通性が認められることから、日本の技術者によって製造された門であることが伺える。それもそのはずで、鋳物で有名な埼玉県川口市の鋳物師による製造であるという。つまり、擬洋風デザインの門といっても差し支えなかろう。

 

 注意点としては、歩道から見学するのが原則で、門を背面からのぞき込むのは注意してほしい。

 

 

参考文献
学習院大学史料館編:学習院 目白の学び舎 学内に遺る歴史ある建築、丸善プラネット株式会社、2010
東京建築探偵団:スーパーガイド建築探偵術入門、文藝春秋、1991
図説・近代日本住宅史、鹿島出版会、2001

 

 

     
     
     

博士(工学)、有限会社花野果 代表取締役

Satoru Nimura

受賞歴:O-CHAパイオニア学術研究奨励賞 受賞、第47回SDA賞 サインデザイン奨励賞・九州地区賞特別賞 受賞、第5回辻静雄食文化賞 受賞ほか

静岡県掛川市 (旧大東町) 生まれ。博士(工学) (東京大学)。
東海大学大学院博士課程前期修了。元・静岡県立大学食品栄養科学部 客員准教授。
現在は、有限会社花野果 代表取締役、専門学校ICSカレッジオブアーツ 非常勤講師、日本大学生物資源科学部森林資源科学科 研究員・非常勤講師、工学院大学総合研究所 客員研究員。

主な著書:水と生きる建築土木遺産 彰国社 2016、日本の産業遺産図鑑 平凡社 2014、食と建築土木 LIXIL出版 2013、図説台湾都市物語 河出書房新社 2010

花野果 HANAYAKA
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