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2021.04.01

コラムVol.138『MARNI(マルニ)の軌跡』

  • Category FASHION

 

 

ミドルブランド志向な若者の心を掴んだMARNI(マルニ)

 

 ここ数年、ストリートの中でもよく見かけることの増えた「MARNI(マルニ)」。1994年にイタリアで誕生し、ハイブランドの中でもかなり若いにも関わらず、幅広い年齢層に愛用者を増加させているブランドだ。

 

 マルニを立ち上げたのは、コンスエロ・カスティリオーニという女性デザイナー。創業時は夫であるジャン・カスティリオーニの会社「Ciwifurs(シーウィーファーズ)」のファミリービジネスの一貫という位置づけだった。マルニは毛皮メーカーであるCiwifursのビジネスの一部だった為、当初は毛皮とレザー製品のみのスタート。それから1996年のミラノコレクションへの参加が決まったタイミングで、ニットなどのアパレルやアクセサリーを含むトータルブランドへと舵を切った。

 

 

 

 そして1999年、Ciwifursから抜けてついに独立。同年、オンワード樫山の子会社「バスストップ」と合併し、マルニジャパンを設立することで日本へ進出した。2001年にはメンズラインを発表し、以降レディースに合わせメンズラインも揃うブランドとして走り続けていたが、大きな転機が訪れたのは、2012年。

 

 これまで夫のジャン・カスティリオーニによるブランドの経営、デザイナーのコンスエロ・カスティリオーニ、そして娘のカロライナによるオンラインストアの運営といった家族経営によって成長したマルニだが、OTBグループのブランドコングロマリットの傘下に入ることになった。ちなみにOTBグループは「DIESEL(ディーゼル)」の創始者レンツォ・ロッソが率いるグループで、「Maison Margiela(メゾン・マルジェラ)」や「VIKTOR&ROLF(ヴィクター&ロルフ)」などを所有する企業。近年は単独ブランドとして存続している方が珍しく、どこかのブランドコングロマリットに所属するのが一般的で、経営基盤を安定させるためにもベターな選択。その影響で日本も含め、グローバルな展開への意識もより高まったと言える。

 

 

 2016年には創業者であり、マルニのデザインを支えてきた、コンスエロ・カスティリオーニがクリエイティブディレクターを退任。後任はプラダのウイメンズコレクションを担当していた、当時若干33歳の敏腕デザイナー、フランチェスコ・リッソが務めることに。

 

 ここ数年で多くのハイブランドが行なっているデザイナー交代のメリット・デメリットは、マルニにも当てはまる。既存顧客には、今までのデザインを重んじる人が多く、創業者のコンスエロ・カスティリオーニのファンだったことから顧客離れの一因に。しかし、その一方で、フランチェスコ・リッソは独創性あるデザインで、ハイブランド離れが進んだと言われている若者たちの心をあっという間に掴んだ。デビューとなった17-18A/Wコレクションから3年半で、新規層の開拓は快調に進み、デザイナー交代は功を奏したと言っていいだろう。

 

 

 また、ここまで急な伸びを見せたのは、小物のバリエーションや手を伸ばしやすい価格帯も大きい。小物では25,000円~、バッグなども40,000円~と、ハイブランドの中ではかなり手頃。カラーバリエーションも豊富で、見ているだけで楽しい気分に。また、ウェアの斬新なパターン、シルエット、カラーリングは“他の人と被りたくない”という独創性を追い求めるファッショニスタの心理を上手くついている。

 

 マルニはモード、スポーティー、カジュアル、ガーリー、レトロ感といった様々な要素が絡んだ、オリジナリティ満載の魅力あるブランド、日本のファッション文化とも相性がいい。今後どのような展開と成長をしていくのか、まだまだ目が離せない。

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